脚本:三島由紀夫
演出:宮田慶子
上演:あうるすぽっと製作 (初演:グループNLT/1967年)
@あうるすぽっと
(2007年12月)
出演:
中山仁・佐久間良子・中嶋しゅう・窪塚俊介・森田彩華
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朱雀家は代々、琵琶奏者として栄えてきた名家。
いまは有力な華族として天皇のもとに仕えている。
ときは太平洋戦争の真っ只中、息子の経広は自ら志願して海軍に入る。
出征先は激戦地。
父親である当主・経隆の力があれば最も安全なところに行くこともできたのだが、経広はそれを断って自ら激戦地へゆく。
数年後、女中のおれいと経隆のふたりきりしか屋敷には残されていない。
ふたりの会話から、経広はおれいとの子どもであることが分かる。
経広の戦死を知らせる電報を、経隆が隠し持っていたことがわかり、おれいは彼を責め立てる。
折しも空襲がやってきて、ただひとり壕へ逃げたおれいだったが、ちょうど爆弾が壕に直撃しておれいだけが死ぬ。
そして終戦から数ヶ月。
かつての朱雀家は跡形もなく、経広は残骸の中で乞食同然の暮らしをしている。
貧しい暮らしぶりを心配した弟・宍戸光康が新事業に誘うものの、経広は断ってしまう。
そこへ朱雀家が代々祀っている弁財天が現れて、経隆に「滅びよ」と告げる。
しかし経隆はこう答える。
「すでに滅びてしまった私に、これからどう滅びよというのだ」と。
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個と全体。
この戯曲はこれまで観た三島戯曲の中で、最もいまの日本人に突き刺さるものでした。
経広は婚約者やおれいが悲しむのも構わず、激戦地への出征を望みます。
むしろそれを止めようとしたおれいを、これでもかと罵倒します。
国家という大義のために死ぬことが美なのか、それとも愛する人のために生きながらえることが人間らしさなのか。
全体の中で生きることを自覚するのであれば当然出征することが美です。
しかし個人として人間らしい生き方を尊重したいのであれば、愛する人のために生き延びることが優先されます。
その両極のあいだで揺れるわれわれ日本人へ、痛いほどの問いかけをしてきます。
三島はそのような強い痛みを持つトゲを内在させながら、名家に斜陽が差し、徐々に廃れてゆくさまを重厚感たっぷりに描いています。
廃墟となった屋敷で、ひとり乞食同然の暮らしをする経広は、すべてを失っています。
それでもなお滅びよと告げられ、すでに滅びていると返答するその様子は重苦しく、絶望そのものです。
斜陽が差していたものの名家の当主であった彼は、このときには精神的にも肉体的にも落ちぶれているばかりか、誇れるものは何も持っていません。
むしろ再生できる余力さえ残っていません。
ここで、僕はひとつの疑問を持ちました。
弁財天や経広自身は、家の没落に対して「滅びる」という言葉を使っています。
しかも、「滅びる」という表現が幕切れにおいてひどく重みを持っています。
通常、家や個人の没落に「滅びる」という表現は使わず、むしろ国家やコミュニティに対して使う表現のはずです。
ではなぜ、あえて「滅びる」という言葉を使ったのか。
当主が「滅びる」とはどういうことか。
なぜ名家の長男が個と全体のはざまで問題提起をしたのか。
ましてや朱雀家は、天皇おかかえの琵琶奏者として国家とともに栄えた家です。
そう考えたとき、一本の糸が浮かび上がりました。
もしかしたら経広は、太平洋戦争によってもう立ち直れないほどボロボロになった天皇制そのものの象徴ではないでしょうか。
つまり戦前栄えていた名家は、そのまま天皇制によって栄えた戦前の日本の姿に重なります。
ある一家の没落に、天皇制国家の没落を重ね合わせたのだとしたら――三島由紀夫が、ひとつの家の没落という題材を描いた理由が頷けます。
もしそうだとしたら中山仁の存在感はまさに、日本国を象徴するにふさわしいほどの重厚なものでした。
決して声を荒げる場面などないのに、少しでも言葉を発するだけで恐ろしいほど観客を圧倒します。
どっしりとした大岩のような存在感に、凄みを感じずにはいられませんでした。
また、手堅い俳優たちの中でひときわ光っていたのが、経広を演じた窪塚俊介。
前半の二場しか登場しないものの、その凛とした佇まいやキビキビとした語り口、硬派な存在感など、いまの若手にはない輝きを放っていました。
まさに戦中の、軍人志望の青年といった感じでした。
正直なところあまり期待はしていなかったのですが、見事に三島戯曲の表現者として活躍していました。
彼の才能を知ることができただけでも収穫です。
この放送は、「海と日傘」に続いて、豊島区にできた新劇場「あうるすぽっと」の柿落とし公演の中継でした。
最近になってNHKが三島由紀夫をよく取り上げるようになったため、この作品もぜひ見てみたいと思っていた矢先に放送してくれました。
舞台はというと、期待に違わず三島由紀夫の世界を堪能させて頂きました。
演出は細やかな表現に定評のある宮田慶子。
たしかに全体的にみると「控えめ」「ややあっさり」した感じはありましたが、確かな人物描写にもとづいて三島の美学を伝えてくれたのだといえます。
それにしても三島由紀夫の言葉には魅了されてしまいます。
現実ではありえないほどの饒舌さ。
その豊穣な言葉に身をゆだねて、三島の美学に体を沈めることが快感ですらあります。
思想的には偏っているために好みませんが、文学者としての三島由紀夫はとても好きなのだと自覚した舞台でありました。