脚本:野田秀樹
演出:野田秀樹
上演:野田地図
@シアタートラム (1998年12月)
出演:
野田秀樹・吹越満・牧瀬里穂
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カンボジアの森の中をさまようカメラマンがいた。
一ノ瀬泰造。
のちに一躍その名を知らしめることになる戦争カメラマンだ。
ときはカンボジア内戦、クメール・ルージュが牙をむいていた時代である。
彼は一枚の写真を今まさに撮らんとしているところだった。
クメール・ルージュの兵士に撃たれようとしている少年の顔だ。
実は、これは野田秀樹が書いている新作の話である。
夢の遊眠社が絶頂を迎えていた頃、新作を執筆中の野田を、ある出来事が襲った。
右目失明。
治療のために入院した病院で、主治医である自由(じゆう)と出会ううちに、野田秀樹のもとに一ノ瀬泰造のエピソードが忍び込んでくる。
クメール・ルージュに捕らえられる一ノ瀬。
彼は果たして生きているのか、それとも死んでしまったのか。
「Right Eye」を誤訳すれば「正しい目」となる。
右目を失ったことで「正しい目」で世の中を見ることができなくなり、「Left Eye」つまり「残った目(左目の誤訳)」でしか物事を見られなくなったと、野田本人は語る。
野田はこの作品において、右目失明という事実を交えることで、演劇というフィクションをノンフィクションにしてしまう挑戦状を叩きつけているのだ。
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「原爆を見ながら酒を飲める心境」。
作中、女医である自由と野田秀樹自身が台詞の中でこのような言葉を交わします。
または「焼夷弾を美しいと思う心境」という表現も使っていました。
「のぞき見」という言葉も頻繁に登場しますが、それよりもこの二つの台詞のほうが戯曲の中心的なテーマを端的に表現していると思います。
というのもこの戯曲が上演される数ヶ月前、イギリスのダイアナ皇太子妃がパリで事故死するという出来事があったからです。
日本でも人気が高かった人物の突然の訃報であったがゆえに、列島に衝撃が走ったのを今でも鮮明に覚えています。
事故原因は諸説ありますが、現在最も有力だといわれているのが、パパラッチの車を振り切ろうとしてハンドル操作を誤ったという説です。
報道という「正しい目(Right Eye)」を持たなければいけないマスコミが、肝心の「Right Eye」を置き去りにしていることが大きな問題となりました。
なぜならパパラッチにとっては、たとえ命を奪う事態になってもダイアナ妃を追いかけ回すことが格好の「飯のタネ」であったためです。
そして野田秀樹は、戦争カメラマンも同様のものであるとして、その問題を更に広く拡充させました。
たしかに戦争カメラマンも、他人の不幸で腹を満たすことになります。
だがそこには、パパラッチとは違って「写真を撮る信念」があるのではないか。
あると信じたい。
そういう思いが、一ノ瀬泰造というひとりの戦争カメラマンの姿を通して、描かれています。
美術や小道具などすべてが抽象化されることによって、遠いカンボジアの物語がすぐさま現代日本にすり替わるようになっています。
たとえば一枚の赤い紙が、新作の原稿になったと思えばワープロにもなります。
椅子の座り方を変えただけで別人を表現するなど、むしろ落語の手法にも近いものを用いていました。
カメラのアイリスのように開閉する壁や赤い砂で満たされた穴をつくった堀尾幸雄の美術と、アーティスティックな日比野勝彦の衣装は野田秀樹がねらいとしていた「抽象化」をすぐれた形で表現していました。
抽象化された劇世界の中で動く俳優には、三者三様の面白さがありました。
牧瀬里穂は期待していなかったのですが、この作品で見せた女医・自由は、とても舞台経験が少ないとは思えませんでした。
特にスタイルがいいので、非常に舞台映えしていた印象があります。
直球で勝負する牧瀬里穂に対して、吹越満はとても巧みな切り口で芝居をしてきます。
語り口や声質がハキハキしている一方で、ひねった小芝居をうって力量を見せつけてくれました。
そして、声や微妙な表情だけで複数の人物を演じわけていた野田秀樹。
本人はさらりとやっていますが、なかなか真似できないのではないかと思います。
この作品をはじめて戯曲で読んでから、7年が経とうとしています。
「キル」で初めて野田秀樹と出会ったのですが、次に出会ったのがこの戯曲でした。
高校一年生の僕には意味がわからず、三人の俳優が様々な役柄をめまぐるしく演じ分ける戯曲を読みこなすには相当な体力が必要でした。
もちろん、どのようにして舞台に立ち上がるのかは全く想像がつかなかったのですが、デジタルWOWOWに加入したためにこの作品との出会いを果たすことができました。
スピーディーでくるくると場面転換がされるのですが、決して観客を置き去りにはしていません。
非常に楽しませてくれました。
野田地図を立ち上げてから、野田秀樹が何をやりたかったのかが垣間見える舞台でした。