授業  La lecon

脚本:ウジェーヌ=イヨネスコ Eugene Ionesco
翻訳:安藤信也・木村光一
演出:柄本明
上演:東京乾電池 (初演:2002年)
@ザ・スズナリ(2006年4月)

出演:
綾田俊樹・中村早百合・松元夢子



あらすじ

ある教授の自宅に、女生徒が個別講義を受けに来る。
女中に止められるのもかまわず、教授は講義をはじめる。

算術そして比較言語学と講義を進めてゆくうちに、穏やかだった教授は夢中になり、しだいに凶暴になってゆく。
凶暴化した教授は我を忘れて、歯の痛みにより講義に集中できなくなった女生徒をナイフで刺し殺してしまう。

この教授はいつも講義を始めると、夢中になりすぎて生徒を殺してしまうようだ。
この女生徒で死体は40体にものぼる。
我に返って、通報されやしないかと怯える教授の腕に、女中はナチスの腕章をつける。
ようやく教授は安心する。

そしてまた別の女生徒が、講義を受けに、教授宅のベルを鳴らした。



評

「授業」という言葉を聞いたとき、どんなイメージを持つだろうか。
真っ先に思い浮かぶのは、教える側にただよう「権威」というイメージです。
高名な教授が授業をするだけで、その授業はとても権威的なものとなります。
しかしその「権威」が、あまりにも権威的でありすぎるとどうなるのでしょう。
権威の力を振りかざし、全てを正当化してしまいます。
それは単なる「暴走する暴力」へと成り下がります。
そこにはむしろ、権威性などかけらもありません。

作中の教授もまた同様に、当初は生徒と同じ目線で授業を行っていました。
生徒が的はずれな答えを言っても、決して声を荒げることはせずに淡々と授業を進めるさまは、とても理性的です。
しかし夢中になるに従って授業はしだいに高圧的になり、女生徒の歯の痛みすら無視してしまいます。
むしろ自分の素晴らしい講義に集中できない女生徒のほうが愚かであるといい、自分自身の学問の権威に酔いしれて講義に没頭します。
そしてそれがピークに達したとき、教授は自らの権威の高さを象徴するかのように女生徒を殺します。
しかしそれは決して素晴らしい講義などではなく、ただの人殺しでしかありません。
慌てふためく教授の姿に、高い学を修めた権威など、かけらもなくなっているのです。
「これをつけていれば警察に怪しまれませんよ」と女中が腕につけてくれたナチスの腕章は、単なるブラックユーモアではありません。
この戯曲が戦後直後に書かれたことを考えると、もしかしたらナチスもまた権威が権威的でありすぎたがゆえに暴走した存在であると言っているのかもしれません。
高名な教授の授業を誰もがありがたがるように、あのころ誰もが無条件でナチスを信用していました。
だからこそヒトラーは暴走したのかもしれません。

そのように考えると、なるほど、権威が暴走へと変容する物語に対して劇中の言葉はひたすら不毛なものばかりです。
数学における数と単位の関係や、各種諸言語の法則をひたすら議論し合うだけで、正直言ってこの会話がなくとも劇は成立します。
しかしながらこの「言葉の不毛性」=「言葉からの意味の剥奪」こそが、この戯曲を不条理演劇たらしめているのだということが分かりました。
五反田団の作品を観劇したときにも感じたのですが、不条理演劇は非常にコントに似ています。
もちろんこの戯曲もしかり、たとえば算術における会話の噛み合わなさは、適材適所のツッコミさえいれば確実に現代のコントになります。
そのような要素によって、これが不条理演劇でありながら喜劇といわれているのだと思いました。

柄本明の演出は、非常にオーソドックスなものでした。
本人が脱力系の芝居をする俳優なので、観劇前はどれほど力の抜けた舞台を作るのかと思っていましたが、良い意味で裏切られました。
(そういえば柄本明はベケットの作品でも、出演という形で関わっていますね。)
大人しかった教授が徐々に凶暴に変容していき、そして我に返って怯えるさまは、戯曲のイメージそのままをなぞっていて、とてもよかったです。
ベンガル版も観劇しましたが、個人的にはオーソドックスな綾田俊樹の教授像が好みでした。
また、教授に対する存在である中村百合子の女中もいい存在感を放っていました。
殺人に気づいて怯える教授を叱って尻を叩く様子は、決して豪快ではないながらも厳しさを感じさせ、いい味を出していました。
当初はなぜ気怠く演じているのか分かりませんでしたが、講義のたびに生徒を殺してしまう教授に呆れているためだと分かってからは溜飲が下がり、とても面白く観られました。

この観劇も「身毒丸」と同様に市販DVDによる観劇となりました。
イヨネスコの作品は、かつて機器の配線ミスにより「犀」が録画できなかったので、これが初体験となります。
ベケットに比べて喜劇性が強かったためか、不条理演劇特有の不毛な会話に飽きることなく観ることができました。
他の作品を調べてみたところ、寓話性を持つ作品も多いため、ぜひともイヨネスコの作品も積極的に劇場中継してもらえたらと思いました。