ジャガーの眼

脚本:唐十郎
演出:唐十郎
上演:状況劇場
@新宿花園神社 紅テント (1985年4月)

出演:
唐十郎・田中容子・千野宏・御旅屋暁美・六平直政・中村祐子・金守珍・大野まみ・深貝大輔 ほか



あらすじ

路地裏に事務所を構える、小さな探偵社「サンダル探偵社」。
そこの探偵・田口は、かつての上司から仕事の話をうける。路地裏から田口を追い出すためである。
しかし田口はリンゴを追いかける仕事があるからと、断る。
かつて姿を消した秘書から依頼をうけた仕事こそが、リンゴを追いかける仕事である。

リンゴとは、人の目を転々と移植される眼球「ジャガーの眼」のことである。
その眼球はいま、「しんいち」という男に移植されている。
しんいちには恋人がいたが、ジャガーの眼を移植してからというもの、彼にしか見えない人間がいる。
それこそが、田口の秘書・くるみである。
しんいちが持つジャガーの眼はかつて、くるみの恋人が持っていたものである。
そうしてジャガーの眼を求めた人々が路地裏を行き交うところに、ジャガーの眼がたどってきた軌跡が浮かび、物語が紡がれる。




評

心臓移植にまつわる、あるひとつの興味深いエピソードがあります。
病気により心臓を移植した男性は、食べ物の好みや趣味までも変わってしまいます。
おかしいと感じた男性は、ドナーとなった人のことを調べました。
すると手術後に変化した食べ物の好みや趣味は、すべてドナーとなった人のものと一致するのです。
ドナーの意識が、心臓に残っていたということしか考えられません。
これは心臓を例にしたエピソードですが、臓器移植にはこのような事例が多いとか。
眼球を移植した男のもとに、ドナーの恋人が現れる──唐十郎による「ジャガーの眼」も、そのような戯曲であるといえます。

この戯曲は、切ない愛の物語です。
アジテーションするかのごとく猥雑に盛り上げられたドラマの中には、たくさんの愛とロマンがキラ星のように輝いていています。
それを象徴するかのように、唐十郎は「ジャガーの眼」をリンゴで表現しました。
リンゴは、愛の象徴です。
唐十郎のファンタジーの中に置かれたリンゴは、さながら妖艶さの象徴だと言わんばかりに艶めいていました。
リンゴはファンタジーにおいてはよく登場し、乙女のような清純さの象徴のように描かれます。
そのようなモチーフであるリンゴが唐十郎の紡ぎ出す猥雑なロマンの中に放り込まれると、まるで封印していた性欲が目を覚ましたかのように妖艶で艶やかなモチーフに見えてきます。
そしてその滑らかな表面には、切ない愛の物語が浮かび上がっています。

状況劇場が解散するのが1988年であるため、これは解散間近の舞台です。
おなじみの俳優たちは姿をみせず、出演者のほとんどが客演です。
麿赤兒や李礼仙など、まさに状況劇場を象徴するような俳優たちの芝居を観られなかった代わりに、客演の妙を見せつけられました。
金守珍・六平直政・大野まみの演じる人物は、とても戯画的でおどろおどろしいけれどパワフルで、まさに怪演と呼ぶにふさわしいものでした。
小室等の音楽はまるで感情を慟哭させるかのように、舞台をアジテーショナルに盛り上げてくれます。
ドラマチックにもり立てられた猥雑な熱気の中で、登場人物たちがみな輝いていました。
それこそが、唐十郎のロマンに他なりません。

この作品は寺山修司の三回忌に上演された、追悼劇だそうです。
知る人ぞ知る寺山修司のサンダルや、寺山がよく使っていた言葉が散りばめられているとか。
臓器移植を深刻な物語にせず、「ジャガーの眼」とたとえることで唐十郎風のロマンに作り変えてしまうところがまた面白いです。
ただ残念なのは、カットが多く施されている点です。
唐十郎の芝居は何気ない言葉ですらその意味を増殖させて、のちのストーリー展開に大きく関わってきます。
ゆえに基本的なあらすじだけが分かるようにカットしても、最終的にはその基本的なあらすじすらよく分からなくなってしまいます。
また、状況劇場が全盛を誇っていたころの舞台も観てみたくなりました。
もしNHKがフィルムを持っていたら、たとえ状態の悪いモノクロフィルムでもいいから放送してほしいものです。